よってたかって恋ですか?


     7



結局、台風に見舞われちゃったのは最後の月曜だった、
十月真ん中の3連休で。
毎週末、大雨や台風に見舞われつづけだったせいか、
朝晩の冷え込みようもずんと加速がついたらしく、

 「うあ、こんな寒いのに
  ジョギングに出掛けたの? ブッダ。」

室内の空気も結構冷えていたがため、
一旦起こしかけた身を 再びぱたりと床へ戻し、
掛け布団を綿入れ掻い巻きみたいに体へ添わせ、
ぐるんと巻きつけてから やっとこ起き直したイエスの傍ら。
朝ご飯出来たよと、いつものように起こしに来て、
畳の上へお膝を揃え、床の傍らに座ったブッダの様子は、
どこと言って変わりがなかったものだから。
さすがは苦行のエキスパートという、
半ば尊敬の念まで籠もってそうな眼差しを向けたところ、

 「オーバーだなぁ、イエスは。」

お約束な冗談でも聞いたように、
大きな眸を細め、ころころと朗らかに微笑うばかりな如来様。
そりゃあ、今が一番 気温の低い頃合いで
布団の中のぬくぬくした温度に比べたら、
わあ寒いと震えを感じるだけの差もあろうけど、

 「ちょっと体を動かせば、
  すぐにも気にならない程度だってば。」

だからほら、起きて起きてと微笑いもって言い置いて。
正座から機敏に腰を浮かせると、
そのままキッチンの方へ立って行こうとしかかる彼だったのへ、

 「…ぁ。」

声にもならない小さな声が、
咄嗟にというか反射的にというか
イエス自身も意識せぬまま、ちろりとこぼれた。
強いて言うなら、行っちゃうの?というような
寂しいという気色が微かに滲んだ、
そんな声音がぽろんと出てしまったのへ、

 「……っ。(わ。) //////////」

いやあの、声が出ちゃったのは自分でも意外でと、
慌てて視線を泳がせた末、うつむきかかったご本人様だったれど。
前髪の陰に逃げ込んだ、玻璃の双眸の落ち着きのなさを、
まだキッチン側へ振り返り切ってはなかった態勢にあった中、
それはいい反射で探り当てたイエスの戸惑い、
視野の中に目撃してしまったブッダにしてみれば、

  あれまあ、何てかわいい、と

一瞬停止した表情が、そのままゆるやかに笑みでほころぶ。
勿論のこと、子供だなぁ幼いなぁと呆れたとか、
相変わらず微笑ましいなと感じたのじゃあなくて。
包み隠さぬ感情の発露、
それも この自分への甘えるようなそれを、
こうまで率直に、肩も張ることなく見せてくれるのが
それはそれは嬉しくてたまらない。
そんな喜色が 自分のうちへと沸き立っての笑みだったのであり。

 “ああ、いかんいかん。”

こんな顔を見られたら、
笑われちゃったと イエスをますますしょげさせかねないぞと、
こちらもまた 表情を何とか取り繕って、

 「なぁに?」

もしかして呼んだ?くらいの訊きようで、応じの声を返してみせば。
あのねと おどおど、
今更の含羞みを感じさせる口ごもりようをちらと示したものの。
それこそらしくもないと自分で見切ったイエスだったか、
えいと弾みをつけるよに顔を上げ、
ついでに肩や背中へ密着させていた布団もすべり落ちるままとしつつ。
自分の方から 尋の長い腕を延べ、
ブッダの二の腕あたりへ手で触れると、

 「あのね、あの…。//////」

身を傾けるようにして来るのは内緒話に見えなくもなかったが、
二人しかいないのにそれもなかろと、
そこはそれこそ察したブッダが、
ということは…と赤くなったのを そおと捕まえて。

 「キスして いぃい?」

 「う…。////////」

おはようのご挨拶もまだだったのに、
立ち去ろうとするのがつれないなぁと感じてしまった。
寝坊した自分が悪いのであり、ブッダは忙しいと判ってて。
でも、甘えたくなったのは止められず、
それで飛び出しちゃった“…ぁ”だったのだけれども。
私の馬鹿馬鹿と消沈しかかったのへ、
なぁに?と立ち止まり、
手を延べてくれたキミだったから、あのね?

 「〜〜〜。////////」

そんなこんなという詳細なぞ告げてもないのに。
ブッダの側も 別な“…ぁ”に口許を丸くしてしまってから、
でもでも、その身が堅くなったのも一瞬のこと。
含羞みに視線が泳いでから、
浮かせかけてた腰を戻して座り直すと、
イエスから抱きしめられるままになっての、
そおと眸を伏せるお顔の何とも初々しかったこと。
勿論のこと、重なった唇の柔らかさも甘くて素敵で、
軽く合わせて離れかけたのを追ってもう一度、
小鳥のご挨拶みたいについばむようなキスをしてから、

 「おはようvv」

囁くように今更のご挨拶をすれば。
間近になった深瑠璃の瞳がうるりと泳いでから、
目一杯 含羞んでのこと、
唇の形だけという格好で、
声を乗せずに“…馬鹿”と言い返して来た朝だった。




     ◇◇◇



天気予報でも、ここ数日ほどの東日本以北は
意外なくらいの幅で気温が急降下しているとのことで。
イエスが布団から出て来れなかったのも
それほど大仰なことではなかったようであり。

 「台風が続いた反動かなぁ。」
 「う〜ん、どうなんだろうね。」

とはいえ、そろそろ本来の気温に戻るそうで、
今日なぞ 外出するにも丁度いい、
行楽に向いた爽やかな日和となるとのことだったので、

 「じゃあサ、じゃあサvv」

もしも尻尾があったなら
ぶんぶんばさばさと 力の限りに降り切る音まで
聞こえただろうほどの前向きな喜色を見せて。
胸の前にはこぶしをぐうにし、
ブッダをわくわく見やるイエスだったのへ、

 「うん。今日はお出掛けしようね。」

大雨や風が強いうちは、出先が閉園しているやも知れないからと、
結局 憚られていたお待ち兼ねのお出掛け。
ブッダもそこは心得ており、
実はご飯も多めに炊いていて、お弁当の準備もいかようにもOKと、
朗らかに微笑って応じてくれる頼もしさ。
行き先、目的地は 勿論、
ずっとずっと話題にしていた、
秋の桜、コスモスを観に行こうというそれで。
さほど遠出じゃあないからと、
それどころか今の彼らにはお馴染みの場所でもあったので、
支度にもさほどの手間はかからずに。
今回はお弁当も持参という体で、
一応の風よけにカーディガンを羽織り、
さあ出掛けようと アパートを後にする。
というのが、

 「まさか、
  あの植物園の中に
  コスモスのお花畑もあったなんてネ。」

 「…うん。」

意外というか 迂闊だったというかだねと、
自分で言いつつ 首をすくめて照れてしまったイエスだったのは、
植物園へのサーチはPCで何度も手掛けていたのに、
そこと“コスモス”との関わりに
先日まで全く気づかなかった張本人だったからだろう。
かつては蓮の花を観に行ったり、
先の初夏には新緑や百合と薔薇を観に行った、
彼らにはもはやお馴染みのあの植物園。
熱帯系の植物や展示が多い中、実は秋の植物も充実していて。
特に、こちらの二人も観たい観たいと切望していた、
コスモスのそれも群生と言ってよかろうほど広いお花畑が、
何と2カ所もあったというから、

 「秋って 他で忙しかったんだね、私たち。」
 「うん。」

それだけ楽しいイベントが多いんだもの、
だからこそ、コスモスにだって、
この秋になって初めて気になったほどなんだからと。
照れとそれから、至らなさへの反省消沈とが
お顔や態度へやや出かかっているイエスなのへ。
気にしちゃダメだよと
ブッダが宥めるような声をかけたそのタイミングに、
バスの案内音声が、次は植物園ですよと告げてくれて。
幹線道路の両側に居並ぶ、
並木の葉っぱも色づき始める舗道へ降り立ち、
さあお楽しみを観に行こうと、
互いの笑顔をにっこり見やる。
この秋だって結構パタパタしていたものか、
もうこんなに秋も深まっていて、

 「町内会のバザーもお手伝いしたし、
  星観の会にも出掛けたし。」

 「バスツアーの梨狩りにも行ったよねvv」

もーりんがお伝えしてなかっただけで、
この秋のお楽しみも
あれこれ堪能なさっておいでの最聖二人。(ということで・笑)
秋恒例のバスツアーは、
リンゴや葡萄だったらどうしよかなんて思ってたら、
今年の果物狩りは梨だったので、心からホッとした彼らだが、

 “まさか、また大天使たちが何か工作したんじゃあるまいな。”

そんなことを杞憂したのがどっちだったかは、
無事に済んだんだから、この際 ナイショということで。(笑)
慣れた手順でチケットを買い、入場ゲートをくぐれば、
広々としたレンガ敷きの広場からでも、木々の色づきは堪能出来て。
初夏に来たころは、シュロだのナツメヤシだのがついつい目に入ったが、
なんの広葉樹も遠景にいっぱい散りばめられており、
それらが今は、赤や黄色に色づいていて、
ちょっとした手土産の菓子箱の中みたいで綺麗。

 “…五色豆でしょうか。”

あと“おいり”とか、金平糖とかもありますが。(なに情報だ)
というか、それだと白や緋色も目立ってむしろ桜咲く春の情景。
秋はやっぱり錦と呼ぶほうが雰囲気にも合うのではなかろかと、
誰が言い出しっぺな話やら。(…)
澄み渡った青空の下に広がるそんな風景、
早くも眼福と堪能しつつ。
時折訪のう清かな風に 髪や頬を撫ぜられながら、
秋版のパンフレットにあった解説に沿うて、
これまでは辿ったことがなかった西側回りで、
園の奥向きへと足を運べば、

 「わ…。///////」
 「うわぁ…。」

そこはそれこそ五色豆の箱みたいに、
緋色や赤紫、黄色といった可憐な色合いの花々が揺れる、
春と見紛う優しい色合いのあふれる広場。
十月いっぱいが限度と案内へは記されていたが、
なんのなんの、まだ花の広まり具合の密度も高く。
見渡す限りという眺望を埋めて
柔らかな花びら広げ、
たくさんのコスモスが瑞々しく咲き誇る様はなかなかに圧巻だ。
一応の通路もあって、中程まで分けいることも出来る作りとなっており、
他のお客様もぼちぼちと見えるのへと続くよに、
順路に従い、ちょっとした庭園迷路のようになった中を
埋もれるようになりながら、見回すように進みつつ、

 「何で秋の桜って言うのかなって思ってたんだけど。」

ブッダが感心してだろ、頬を染めつつそうと口にし。
桜ほど小さいって訳じゃあないけど、
どちらかといや シンプルな作りなので、
一輪だけだと ガーベラやポピーほどじゃあない、
むしろ ちと寂しい佇まいの可憐な花なのに。
でも、それがこうまで野原一杯に群生していると、
それはそれは見ごたえのある景色を織り成すのが、

 「何とはなく、春先の満開の桜と重なるよねvv」

緑色の茎や葉が細いので、
存在感としてはお花の邪魔をしておらず。
花の佇まいの可憐さも、
秋の空の儚い青さにはむしろお似合いかも知れぬ。
寂寥と隣り合わせみたいな、
そんな切ない感慨に、胸がくすぐられておいでらしい伴侶様の感性へ、

 “凄いなぁ…。//////////”

人が綺麗なものへの感動が極まって切なく思うのは、
胸がむずむずするほどに、その感動を何とか言葉にしたいから。
こんなにも感じ入ったんだと伝えたくて、でも、
そうそうビシッと言い表すのは難しいからもどかしくって。
写真を撮ったとしても
素人の腕では、後から見ると臨場感が足りなくて。
この感動、薄めず ガラス越しにもせず、
誰か、そう大切な人へも伝えたいとか、
自分の記憶の中 いつも鮮やかに思い返せたらいいのになと感じ、
さりとて それが出来ない自分の未熟さを知って
そこが歯痒てしょうがなくなる。
ああこれだから、
今という一瞬一瞬を大事にせねばと
思い知らされもするところ。

 だって、いうのに

なんて見事に、こちらの胸へも印象づけてくれるのかと。
とりどりの色彩が淡く可憐に、時折風に遊ばれて揺れる中、
はんなり微笑っておいでの釈迦牟尼様が
こんなだよねと紡いだ言と その笑顔とへ、
胸がふわりと温められてしまったイエスであり。

 「? イエス?」

表情が止まったことへ“どうしたの?”と案じられ、
いやいや何でもないないと、誤魔化し半分に周囲を見回す。

 「種類もいろんなのがあるんだねぇ。」

 黄色いのって最近じゃない?
 うん、ちょっと意外な色だものね。
 あ、こっちの濃いのはチョコレートの匂いがするんだって。
 え〜、ホントかなぁ。

風に揺れてる以上に、
最聖お二人へ“ようこそ”と言いたいか、
やわらかなお花たち自身も
すりすりと甘えるように擦り寄ってもくるけれど。
一頃だったらほのかに嫉妬したところ、
今は やっと、ああ素敵な人だものねと寛容に見ていられる。
ブッダの側なぞ、自分が嫉妬しちゃうのみならず、
ああいや イエスはそれは長きにわたって苦しかったに違いないのにねと、
そういうところまで感じ入っては、
俯いて考え込んでしまってもいたほどだったれど。

 “わあ…vv”

今日は濃いめのバーガンジー、
赤みの強い茶系のカーディガンを羽織っているイエスの背中へ、
白や緋色のコスモスが、
やや自発的に身を延ばし、すりりと擦り寄る様子が何とも嬉しい。
同じ背中に垂らした濃色の髪へ、恐る恐る触れようとするのへ
頑張れ頑張れなんて こそりと思ってしまうほど。
そんな自分の肩へ、
どこからか ぱたたっと飛んで来た小鳥が何とも自然に留まって見せて。

 「わあ、あのお兄ちゃんに小鳥さんっ!」
 「懐っこいのねぇ。」

後から続いていなさったらしい、小さな坊やと祖母様だろう方々が
よほど驚いたかそんな声を上げたものだから。
え?と振り向いたイエスが、
ありゃまあvvと眸を丸くしたのもまた、何とも彼ららしいひとコマで。

 《 いやあのっ、これはっ。》
 《 何を焦ってるの、キミったら。》

もしかして疚しい間柄なのかなぁ?と、
却って誤解という墓穴を掘りそうな、
そんな慌てようをする貞淑さ(?)が可愛いなぁと、
こちらはこちらで、愛しの伴侶様の初々しさへ、
すっかりやに下がっておいでのヨシュア様だったようでございます。








  お題 6 『不意な耳打ち』




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  *このシリーズに出てくる植物園は、
   もーりんが灯台もと暗しだった
   立川市にある“昭和記念公園”ではありません。
   つか、気づいてたならもっと詳細を調べてましたって。
   迂闊だったなぁ…。

   そしてそして、
   うわあ、来週はもうハロウィンじゃあないですか。
   話がなかなか進まないですいませんです。
   困ったもんだ、うん。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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